「昼食」という言葉のルーツは働く人への間食だった
庶民の食事に昼の時間帯が加わるきっかけとなったのは、実は「休憩用の食事」でした。奈良時代の記録には「間食(かんじき)」という言葉が登場します。これは、朝夕2回の食事とは別に、体力を使う仕事をする人に支給された軽い食事のことです。
鎌倉時代から室町時代にかけては、昼の食事を指す言葉として「午餉(ごしょう)」という表現も使われるようになりました。「午」は昼、「餉」は食事を意味する漢字です。
つまり今の「昼食」という言葉のルーツは、もともと正式な3回目の食事ではなく、働く人のための特別な間食だったということになります。これは現代の私たちがイメージする「昼ごはん」とは、少し成り立ちが違う点です。
力仕事をする人には特別に食事が支給されていた
奈良時代の記録である『日本霊異記』という書物には、朝廷で働く役人や力仕事をする人たちに、朝夕の食事のほかに昼の間食が与えられていたという記述が残っています。
当時、激しい肉体労働を担っていたのは、農民や漁民、大工などの職人たちでした。彼らは日中に体を動かす分、お腹が空きやすく、2食だけでは体力が持たなかったのだと考えられます。
つまり「体を動かす仕事をする人には、食事を増やす必要がある」という発想そのものは、実はかなり昔から存在していたのです。この発想は、後に江戸時代で3食が定着する場面でも、もう一度大きな役割を果たすことになります。
次のページでは、時代が進んで室町時代になっても、なぜ2食の暮らしが変わらなかったのかを見ていきます。
