そば・天ぷら・握りずしを生んだ屋台文化
江戸の町で夜まで活動する人が増えたことで生まれたのが、屋台や飯屋といった外食のお店です。忙しく働く職人や商人にとって、家に帰って食事を作る時間を省ける屋台は、とても便利な存在でした。
そばや天ぷら、握りずしといった、今では和食の定番となっている料理の多くは、実はこうした江戸の屋台文化から生まれたと言われています。手早く食べられて、値段も手ごろだったことから、庶民のあいだで人気を集めました。
外食のお店が増えたことで、昼の時間帯に食事をとるという選択肢そのものが、より身近なものになっていきました。これも、3食の習慣が広まる後押しになったと考えられます。
独身男性が多かった江戸ならではの事情
江戸の町の暮らしを考えるうえで見落とせないのが、当時の江戸には地方から出てきた独身の男性がとても多かったという事情です。仕事のために江戸に出てきた職人や奉公人の中には、自炊する環境や時間を十分に持たない人も少なくありませんでした。
そうした人たちにとって、屋台や飯屋で食事を済ませることは、生活の知恵として自然な選択だったと考えられます。外食が発達した背景には、こうした江戸ならではの人口構成も関係していたのです。
働く人が増え、灯りが普及し、外食の店も増える。こうした複数の変化が重なり合って、江戸の食文化は少しずつ形を整えていきました。次のページでは、いよいよ元禄期という時代そのものに焦点を当てていきます。
