古代の言葉に残る「朝け」「夕け」という2食の名残
日本語には、古代の2食生活の名残を伝える言葉が残っています。神様への言葉である祝詞には「朝け」「夕け」という表現が出てきます。これは朝の食事、夕方の食事という意味です。
奈良時代の役所の跡から見つかった木簡という木の札にも「常食朝夕」という文字が記されていたことが分かっています。常食、つまり普段の食事は朝と夕方の2回だった、という記録です。
昼という時間帯には、正式な食事という考え方自体がまだなかったのです。人々は日が昇る前に起きて働き、気温が上がる10時ごろに家へ戻り、そこで朝と昼を兼ねた食事をとっていたと考えられています。
こうした暮らしのリズムは、貴族の世界でも庶民の世界でも、身分の違いを超えてほぼ共通していました。
貴族の「朝食はお昼」という驚きの食事時間
公家と呼ばれる貴族の暮らしぶりを見ると、当時の食事時間の感覚がよく分かります。公家の世界では、朝食にあたる食事をお昼ごろにとり、夕食にあたる食事を夕方4時ごろにとっていたと伝えられています。
現代の感覚からすると、朝食がお昼というのは驚きですが、これは夜明け前から活動を始める生活リズムに合わせたものでした。宮中で開かれる宴会も、午後2時ごろに始まり日没まで続くのが習わしだったそうです。
身分の高い人も低い人も、時間帯こそ多少違っても、1日2回という回数自体は同じだったという点は興味深いところです。
では、この2食の暮らしはいつまで続いたのでしょうか。次のページでは、外国からもたらされたある習慣が、日本の食事に変化のきざしをもたらした話を紹介します。
