専門家や研究者は、この問題をどう見ているのか
地図学の分野では、地図が単なる「正確な記録」ではなく、作り手の意図や時代背景を反映した表現物である、という見方が広く共有されているとされています。
一部の研究者の間では、メルカトル図法によって北半球の国々が実際より大きく見えることが、無意識のうちに「北の国の方が重要で、南の国は小さく取るに足らない」という印象を植えつけてきたのではないか、という指摘がなされることがあります。
もちろん、これはあくまで1つの見解であり、地図学の世界でも意見が分かれるテーマです。メルカトル図法の実用性を評価しつつ、あくまで用途を限定して使うべきだ、という立場の専門家も少なくないとされています。
いずれにしても、たった1枚の地図の描き方が、人々の世界の見方にまで影響を与えうる、というのは興味深い視点です。
学校教育の現場での、この話題の扱われ方
先ほど紹介したボストンの公立学校の事例では、教育を担当する責任者が「変わるのは地図だけれど、本当はそれだけではない」という趣旨のコメントを残したと伝えられています。
子どもたちに、教材として与えられたものをそのまま信じるのではなく、「これは本当に正しいのだろうか」と疑う視点を持ってもらいたい、という思いが込められていたとされています。
日本の学校教育でも、地理の授業などで地図の図法の違いについて簡単に触れられることがあります。ただ、「なぜ地図によって大きさが変わるのか」まで詳しく学ぶ機会は、実はそれほど多くないのが実情です。
さて、ここまで地図の背景や仕組みについて見てきました。そろそろ、この地図のクセにきちんとした名前をつけて、正体をはっきりさせていきたいと思います。
