パンが日本で売れなかった… 明治7年「あんパン」が変えた常識

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「陛下に召し上がっていただこう」という提案

あんぱんの味にすっかり感激した鉄舟は、木村親子にこう持ちかけたと伝えられています。「これなら陛下もお気に召すだろう。今度のお花見で献上してみてはどうか」。

一介のパン屋にとって、天皇に食べ物を献上するというのは、想像もしなかったような大きな話だったはずです。しかし鉄舟の後押しもあり、木村親子はこの申し出を受けることを決めます。

ここから、木村親子は献上にふさわしいあんぱん作りに向けて、さらに工夫を重ねていくことになります。

もし、このとき鉄舟との出会いがなかったら、あんぱんの歴史はどうなっていたのでしょうか。

もし鉄舟との出会いがなかったら

少し想像を広げてみましょう。もし山岡鉄舟という人物が木村家を訪れていなかったら、あんぱんはどうなっていたでしょうか。

あんぱん自体は、明治7年の時点ですでに店頭に並び、一定の評判を得ていたと伝えられています。ただ、天皇への献上という出来事がなければ、これほど大きな話題として世の中に知られることはなかったかもしれません。

もちろん、これはあくまで仮定の話です。ただ、ひとつの出会いが食べ物の歴史を大きく動かすことがある、という点は興味深い視点だといえるでしょう。

それでは実際に、天皇への献上はどのようにして実現したのか、その舞台裏を見ていきましょう。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。