パンが日本で売れなかった… 明治7年「あんパン」が変えた常識

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海外にもある「洋と地元の味」の組み合わせ

外から来た食べ物に、自分の国ならではの味を組み合わせて新しいものを作る、という発想は、実は世界のあちこちで見られます。

あんぱんも、西洋から来たパンに、日本ならではのあんこと酒種を組み合わせた、いわば和洋折衷の代表例です。この発想は、のちにジャムパンやクリームパン、カレーパンといった、日本独自の菓子パン・惣菜パンの流れにもつながっていったと考えられています。

ひとつの成功例が、その後の新しい発想の土台になっていく。あんぱんは、まさにそうした流れの出発点だったといえそうです。

時代が進むにつれて、パンの立ち位置そのものも大きく変わっていきました。

時代によって変わったパンの位置づけ

文明開化のころ、パンはまだ一部の人が口にする珍しい食べ物でした。それが、あんぱんの登場をきっかけに、少しずつ庶民の間にも広がっていきます。

現在ではパンはコンビニやスーパーでも当たり前に手に入る、生活に欠かせない食べ物のひとつになっています。この普及の背景には、あんぱんのように日本人の好みに合わせて工夫された商品が、大きな役割を果たしてきたと考えられます。

珍しい食べ物から、当たり前の食べ物へ。この大きな変化のきっかけとなった出来事に、そろそろ触れていきましょう。

その前に、ひとつよくある誤解を解いておきたいと思います。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。