再開発された銀座の街とパン屋の再出発
ふたたび火事に見舞われた木村家でしたが、ちょうどこの時期、銀座の街全体が「煉瓦街(れんががい)」として新しく生まれ変わろうとしていました。
煉瓦街とは、火事に強い煉瓦造りの建物を並べて作られた、当時としては最先端の街並みのことです。文明開化を象徴する場所のひとつとして知られています。
木村家も、この新しい銀座の一角に店を構えることになりました。安兵衛と英三郎は、この再出発を機に、あらためてパン作りと向き合うことになります。
「もっと日本人の好みに合ったパンを作ろう」。この思いが、のちの大きな転機につながっていきます。
「日本人の好みに合うパン」への試行錯誤
安兵衛と英三郎が目指したのは、これまでのイースト菌のパンとはまったく違う、日本人の舌になじむパンでした。
試行錯誤を重ねる中で、親子はあるものに目を向けます。それは、パンとはまったく関係のなさそうな、和菓子の世界でした。
ヒントになったのは「酒まんじゅう」だったとされています。酒まんじゅうとは、お酒の香りがふんわりと漂う、昔ながらの蒸し饅頭のことです。この発酵の仕組みに、親子は可能性を感じたようです。
この着想が、日本独自のパン作りを大きく前進させることになります。次のページで、その中身をくわしく見ていきましょう。
