明治7年のあんぱん誕生が転機になった
ここまで見てきた流れをまとめると、答えはこうなります。日本人になじみのなかったパンに、酒種とあんこを組み合わせた「あんぱん」が人気となり、パン文化が日本に広がっていくきっかけになったのです。
明治7年(1874年)、木村安兵衛と息子の英三郎は、酒種を使った独自のパン生地であんこを包んだあんぱんを作り上げました。これが評判となり、翌明治8年4月4日には明治天皇にも献上されています。
それまで一部の人だけの珍しい食べ物だったパンが、あんぱんの登場をきっかけに、多くの日本人にとって身近な存在へと変わっていきました。まさに「日本人がパン好きになったきっかけ」と呼べる出来事です。
では、なぜこの組み合わせは、それほどまでに日本人の心をつかんだのでしょうか。
なぜこの組み合わせが受け入れられたのか
あんぱんが受け入れられた理由のひとつは、まったく新しいものを一から売り込むのではなく、すでに親しまれていた「あんこ」という存在を土台にした点にあると考えられます。
知らないものには警戒心を持ちやすくても、なじみのある味がベースにあれば、抵抗感は少なくなります。あんぱんは、この心理にうまく寄り添った食べ物だったといえそうです。
加えて、酒種による発酵がイースト菌特有の酸味を抑え、日本人の舌に合う優しい味わいを実現していたことも、大きな理由のひとつだったと考えられます。
答えは明かされましたが、あんぱんの物語はここで終わりではありません。献上のあと、あんぱんはどのように世の中へ広まっていったのでしょうか。
