「世界最短の戦争」として記録される理由
この戦いは現在、しばしば「世界最短の戦争」として、ギネス世界記録などの各種の記録や、多くの歴史関連の書籍・番組で紹介されています。宣戦布告に近い最後通告が正式に出されたこと、両国の軍事組織同士が実際に交戦したこと、そして明確な開始時刻と終了時刻が記録に残っていること。これらの条件がそろっていたために、単なる小競り合いではなく、正式な「戦争」として扱われるようになったと考えられます。
世界にはこの他にも短時間で終わった軍事衝突がいくつか存在しますが、これほど正確な時刻の記録が残っている例は多くありません。イギリス海軍が几帳面に記録を残す組織だったことも、この戦いが「世界最短」として語り継がれる一因になっているようです。
分刻みで見る当日のタイムラインです
当日の出来事を時間の流れで整理してみましょう。午前8時ごろ、ハーリド側の使者がイギリス側の真意を確かめに訪れます。午前8時台のうちに、最終的な交渉も決裂したとされています。午前9時、最後通告の期限が切れます。午前9時2分、イギリス軍艦3隻が宮殿への砲撃を開始しました。
午前9時5分ごろ、ハーリド側の唯一の「軍艦」グラスゴー号が反撃を試みるも、まもなく撃沈されます。そして午前9時40分から9時46分ごろにかけて、宮殿の旗が落ち、砲声がやみました。こうして分刻みで見てみると、開戦から終戦までの流れが、いかに一気に進んだかがよくわかります。次のページでは、なぜこれほど短時間で終えることができたのか、建物という視点から見ていきます。
