注目すべきは「被害の差」の大きさです
この戦いで見逃せないのが、両者の被害の差です。ハーリド側では、およそ500人が死亡または負傷したとされています。多くは宮殿の中にいた守り手や使用人、住民でした。燃え広がる宮殿の中で、逃げ場を失った人も多かったと考えられています。
一方のイギリス側の被害は、砲艦スラッシュ号に乗っていた下士官1人が負傷しただけで、死者はゼロだったとされています。わずか38分ほどの出来事で、これほど極端な被害の差が生まれたことは、この戦いの一方的な性質をよく物語っています。数字だけを見ると、これはもはや対等な「戦争」というより、力の差をはっきりと見せつける「示威行動」に近かった、と評する見方もあります。
逃げた王様のその後の足取り
砲撃が始まった直後、ハーリド自身がどう行動したのかについては、記録によって多少の違いがあります。多くの記録では、ハーリドは最初の砲撃が始まってまもなく、宮殿の裏口からひそかに脱出したとされています。「宮殿で死ぬ覚悟だ」という趣旨の発言を残していたにもかかわらず、実際には早い段階で戦いの場を離れていた、という点は、当時から皮肉を込めて語られることが多いようです。
ハーリドが向かった先は、ザンジバルにあったドイツの領事館でした。イギリスは何度もドイツ側に対して、ハーリドの引き渡しを求めたとされていますが、ドイツ側はこれに応じませんでした。この後ハーリドがどうなったのかについては、また別のページで詳しく触れていきます。
