明治20年2月8日という日付の位置づけ
郵便マークが正式に発表されたのは、明治20年、1887年の2月8日でした。この日は、逓信省が発足してからちょうど1年2ヶ月ほどが経ったころにあたります。
また、日本で郵便制度が始まった明治4年から数えると、実に16年もの月日が流れていたことになります。長い準備期間を経て、ようやく郵便を象徴するマークが正式に決まったというわけです。
官報という国の公式な記録にこの告示が載ったことで、マークは正式なものとして扱われるようになりました。
ところが、この発表には思いがけない展開が待っていました。
「〒」は一発で決まったわけではなかった
多くの人が知らないのですが、2月8日に発表されたマークは、実は今おなじみの「〒」ではありませんでした。
当時の官報には「今より(T)字形を以て本省全般の徽章とす」という告示が掲載されたと記録されています。つまり、最初に発表されたのはアルファベットの「T」だったのです。
ところが、その発表からわずか数日後、マークは「〒」に変わり、2月19日の官報では「先日の告示にあったTは、〒の誤りだった」という訂正が出されたと伝えられています。
わずか11日ほどの間に、マークが入れ替わってしまったことになります。なぜこのような訂正が必要になったのでしょうか。次のページで、その理由に迫っていきます。
