郵便制度の生みの親・前島密
日本の郵便制度を語るうえで欠かせないのが、前島密(まえじまひそか)という人物です。明治4年の郵便制度創設に深く関わった人物として広く知られています。
それまでの日本では、手紙や荷物を運ぶ役割は主に飛脚が担っていました。飛脚は速さが自慢でしたが、料金は高く、庶民が気軽に使えるものではなかったようです。
前島密は、身分に関係なく誰もが同じ料金で手紙を送れる仕組みを目指したとされています。この考え方は、今の郵便制度にもそのまま受け継がれています。
ちなみに、1円切手の肖像に前島密が使われていることをご存じの方も多いのではないでしょうか。彼の存在があったからこそ、その後の逓信省や〒マークの物語につながっていくのです。
当時の外国の郵便マークとの違い
日本が郵便制度を整えていたころ、外国ではすでに独自の郵便マークを持つ国が多くありました。国によって、鳥をモチーフにしたものや、王冠を模したものなど、デザインはさまざまだったようです。
当時の日本の郵便船には、赤い丸に横棒を重ねたマークが旗として掲げられていたと言われています。しかし、このマークは外国の郵便関係者から見ると、何を表しているのか分かりにくいものだったようです。
海外との交流が増えるなかで、日本にも誰が見ても郵便だと分かる、はっきりとしたマークが必要になっていきました。
この「分かりにくさ」が、のちの〒マーク誕生を後押しすることになります。次のページでは、実際に外国人とのやり取りで困った出来事を紹介します。
