もし、あの大会がロンドンで開かれなかったら
ここで少し想像してみましょう。もし42.195キロが誕生するきっかけになった大会が、ロンドン以外の都市で開かれていたら、今のマラソンの距離はどうなっていたでしょうか。
この後のページで詳しく触れますが、42.195キロという数字は、ある都市の特別な事情が重なって生まれた、いわば偶然の産物だったとされています。開催地が違えば、まったく別の半端な数字が生まれていた可能性も十分に考えられます。
実際、その後のオリンピックでも距離は大会ごとに変動を続けていました。もしこの大会での出来事がなければ、マラソンの距離は今もなお「約40キロ前後」というゆるやかな基準のままだったかもしれません。
それほどまでに、この一つの大会がマラソンの歴史に与えた影響は大きかったのです。では、当時の関係者たちはこの出来事をどう見ていたのでしょうか。
「偶然の産物」と語り継がれる、42.195キロという距離
陸上競技の歴史を紹介する記事や資料の中では、42.195キロという距離について「合理的に決められた数字ではなく、偶然の積み重ねで生まれた距離だ」という見方がしばしば紹介されています。
もともときりの良い距離を目指して設計されたコースが、ある事情によって少しだけ延びてしまった。その延びた距離が、そのまま世界共通の基準として定着してしまった、という流れです。
スポーツの世界には、こうした「たまたま起きた出来事がルールになる」という例が意外と多いといわれています。マラソンの距離も、その代表例のひとつとして語られることが多いようです。
では、そのきっかけとなった大会では、他にどんな出来事があったのでしょうか。まずは、少し話題を変えて別の大会のハプニングをご紹介します。
