1908年以降も、実は距離は変動し続けていた
1908年のロンドン大会で42.195キロという距離が記録されたあとも、実はすぐにこの数字が世界共通の基準になったわけではありません。多くの人が知らないのですが、その後の大会でも距離は変動を続けていました。
1912年のストックホルム大会では約40.2キロ、1920年のアントワープ大会では約42.75キロと記録されています。1908年より短い大会もあれば、逆にさらに長い大会もあった、ということです。
つまり42.195キロは、生まれた瞬間から特別扱いされていた数字ではなく、しばらくのあいだは他の距離と同じように、選択肢の一つにすぎなかったと考えられます。
それでは、この数字がどのようにして「唯一の正式な距離」として定着していったのでしょうか。次の見出しで、よくある誤解とあわせて整理していきます。
「1908年ですぐ正式になった」は、実は勘違い
ここでよくある勘違いを一つ訂正しておきます。「1908年のロンドン大会で42.195キロが誕生し、その瞬間から正式な距離になった」と思われがちですが、これは正確ではありません。
先ほど紹介した通り、1912年や1920年の大会では別の距離が採用されており、42.195キロはしばらくのあいだ「数ある距離の一つ」という位置づけにとどまっていました。
この距離が本当の意味で特別な地位を得るのは、もう少し後、国際的な競技団体がルールを整理してからのことになります。正式な基準として固定されるまでには、意外と長い時間がかかっていたのです。
次のページでは、いよいよ42.195キロが「唯一の正式な距離」として定着していく経緯を見ていきましょう。
