数字で見る、1908年ロンドン大会の規模
1908年のロンドン大会は、急な開催地変更にもかかわらず、それまでの大会と比べて大きな規模で行われました。マラソン以外にも、多くの競技がこの大会で初めて本格的に整備されたとされています。
マラソンには多くの国から選手が集まり、当日はイギリスにしては珍しいほどの暑さの中でレースが行われたと伝えられています。厳しい暑さは、選手たちの体力を大きく奪う要因になったようです。
この暑さの中、42.195キロという少し長めのコースを走りきることは、選手にとってかなりの負担だったと考えられます。実際、この大会のゴール直前では、のちのちまで語り継がれるドラマも生まれています。
そのドラマの前に、まずはこの特別なコースがどこからスタートしたのか、その場所について見ていきましょう。
Q. なぜスタート地点がお城だったの?
1908年大会のマラソンは、イギリス国王の住まいであるウィンザー城からスタートするコースとして計画されました。国民的な人気を誇る場所からスタートすることで、大会をより盛り上げる狙いがあったと考えられます。
ウィンザー城は、今でもイギリス王室にゆかりの深い場所として知られています。国を代表する象徴的な建物をスタート地点に選ぶことは、当時としても特別な意味を持っていたはずです。
そしてゴール地点には、ロンドンに新しく建設された競技場が選ばれました。このスタートとゴールの組み合わせこそが、42.195キロが生まれる直接のきっかけになっていきます。
王室ゆかりの場所が関わっているのは、実はこのマラソンだけではありません。次のページでは、少し話を広げて、王室が関係する有名なスポーツの逸話を見てみましょう。
