「鏡」という言葉の成り立ち
日本語の「かがみ」という言葉は、「影を見る」という意味の「影見(かげみ)」が変化してできた、という説が広く知られています。
ここでいう「影」は、暗い影のことではなく、水面や金属に映る姿そのものを指していたとされています。昔の人にとって、鏡に映る姿はまさに「もう一つの自分の影」だったのかもしれません。
言葉の成り立ちを見ると、鏡が単なる道具ではなく、自分自身を見つめ直す特別な存在として扱われてきたことがうかがえます。
では、実際に鏡はいつごろから人々の生活に登場したのでしょうか。次の見出しで、鏡に関する印象的なエピソードを紹介します。
鏡文字を書いた天才のエピソード
画家として有名なレオナルド・ダ・ヴィンチは、数多くの手記を残していますが、そのほとんどが鏡に映さないと読めない「鏡文字」で書かれていたことで知られています。
なぜそのような書き方をしたのかについては、左利きで文字がにじみにくかったから、とする説や、内容を他人に読まれにくくするためだった、とする説など、いくつかの見方があります。
ここで注目したいのは、鏡文字が「鏡に映すと正しく読める」という事実です。これは、文字の反転と、人の姿の反転が、実はまったく同じ仕組みではないことを示すヒントになります。
この「文字の反転」と「人の姿の反転」の違いは、後のページで紹介する研究のなかでも、大きなポイントとして扱われています。次は、海外での鏡にまつわる考え方を見てみましょう。
