1979年の公募、集まったのは約3,300点
1979年(昭和54年)、消防庁は「誰にでも分かる非常口の表示」を作るため、デザインの公募を行いました。集まったアイデアは、およそ3,300点とされています。資料によっては3,373点という具体的な数字も記録されています。
3,300点という数字は、今のインターネット上のコンテストと比べると特別に多くはないかもしれません。ただ、これは1979年の話です。応募は郵送で、絵は手描きです。用紙を買い、絵を描き、封筒に入れて出す。その手間を考えると、かなりの反響だったといえます。
なお、応募数は資料によって多少ちがう数え方が見られます。「作品の点数」と「応募した人の数」を分けて数えているためだと考えられます。おおむね3,300前後という理解で問題ありません。
問題はここからです。3,300点の絵から、たった1つを選ばなければなりません。しかも「見て気持ちがいい絵」ではなく「煙の中でも分かる絵」を選ぶ必要がありました。
煙ごしに見る、一瞬だけ光らせる——変わった選考
選考では、絵の見え方を確かめる実験がいくつも行われたと伝えられています。太田幸夫さんの説明によれば、煙を通して見たときにどう見えるか、ほんの一瞬だけ照明をつけたときにどの形が見取りやすいか、といった調べ方をしたそうです。この実験にはNHKも協力したとされています。
「一瞬だけ光らせる」という条件は、火事の現場を考えるとよく分かります。逃げる人は看板をじっと見つめません。走りながら、視界の端でちらりと見るだけです。その一瞬で意味が伝わるかどうかが、生死を分けます。
また、審査は一度で終わりではありませんでした。何段階かに分けて候補を絞り込んでいったと言われています。デザインの好みではなく、見取りやすさという物差しで選んだところが、この公募の特徴です。
そして最後に1点が残ります。その絵を描いたのは、名前を聞いてもほとんどの人が知らない人物でした。
