2つの火事で、218人が亡くなりました
1973年(昭和48年)11月29日の午後1時15分ごろ、熊本市の百貨店・大洋デパートで火事が起きました。今度は閉店後ではなく、営業中のお昼どきです。買い物客と店員が館内にあふれている時間帯でした。
亡くなった方は104人、けがをした方は67人。営業中のデパート火災としては、日本で最悪の被害となりました。前の年の千日デパートの118人と合わせると、わずか1年半ほどの間に218人もの方が命を落としたことになります。
大洋デパートの火事では、非常口の誘導灯が小さすぎたことが問題になりました。煙で見通しが悪くなると、どこが出口なのか分からなくなり、館内は混乱しました。前の年と原因の細かい部分は違いますが、結論は同じでした。「出口の表示が役に立たない」のです。
この2つの火事をきっかけに、消防法などの法律が大きく改正されます。スプリンクラーや排煙設備、誘導灯の強化が進んだのは、この時期からです。
誘導灯に電池が入っていなかった時代
実は、当時の誘導灯には今では当たり前の機能がありませんでした。千日デパートの誘導灯には非常用の電源、つまり内蔵の電池が備わっていなかったのです。火事で電気が止まった瞬間、看板そのものが真っ暗になりました。
さらに、室内の飾りつけが誘導灯を隠してしまうという問題も指摘されました。デパートは季節ごとに装飾を変えます。その飾りが、非常口の明かりの前に垂れ下がっていたわけです。
今の誘導灯はここが大きく改善されています。消防法の決まりで、停電しても電池で少なくとも20分間は光り続けるようになっています。建物の規模や用途によっては60分以上が求められる場合もあります。誘導灯のまわりに、まぎらわしい照明や広告を置いてはいけないという決まりもあります。
器具の性能は、こうして少しずつ良くなっていきました。ただ、肝心の「表示の中身」はまだ漢字のままでした。そしてこの文字の看板、最初に打たれた対策は意外なもので、全国から苦情が届く騒ぎになります。
