漢字3文字は、なぜ煙の中で読めなかったのか
「非常口」と書いてあれば分かるはずだ、と思われるかもしれません。明るい廊下で立ち止まって見るなら、たしかに読めます。問題は、火事の現場がそういう状況ではないことでした。
火事で本当に怖いのは炎より煙です。煙が天井から下りてくると、視界は一気に白くなります。細い線でできた漢字は、輪郭がぼやけて形が崩れてしまいます。文字を読むには目のピントを合わせる時間が必要ですが、その時間がありません。
さらに、当時の表示板は今よりずっと小さいものが多くありました。小さい文字は、少し離れるだけで読めなくなります。加えて漢字が読めない小さな子どもや、日本語が分からない外国からのお客さんには、はじめから意味が伝わりません。
この弱点は、机の上の理屈として指摘されたのではありません。実際に大勢の方が亡くなった火事のあとで、はっきりと分かったことでした。
1972年、大阪・千日デパートの夜に起きたこと
1972年(昭和47年)5月13日の夜、大阪市の繁華街にあった千日デパートで火事が起きました。出火は3階、時刻は午後10時27分ごろ。デパートは閉店していましたが、上の階には別のお店があり、大勢の人が残っていました。
この火事で亡くなった方は118人、けがをした方は81人です。戦後の日本のビル火災としては、最も多くの犠牲者が出た事故として記録されています。しかも亡くなった方の多くは、炎ではなく煙が原因でした。
避難の妨げになったものの一つが、非常口の表示です。当時の誘導灯は天井の梁のあたりなど高い位置に取り付けられていて、濃い煙と停電による暗さの中では見えませんでした。逃げ道を示すはずの明かりが、逃げる人の役に立たなかったのです。
この事故で、国も消防もビルの防火対策を根本から見直し始めます。しかし、その翌年の秋、熊本のデパートで、また同じような悲劇が繰り返されました。そこで問題になったのは、表示板の「大きさ」でした。
