緑の人に置き換わった年は、1982年です
答えは1982年、昭和57年です。この年の1月20日に消防庁の告示が出され、同じ年の4月1日に施行されました。ここから、日本の非常口の表示は漢字3文字から緑の走る人へと切り替わっていきます。
年表にすると流れがはっきりします。1972年に千日デパートの火災、1973年に大洋デパートの火災。1979年に公募、1980年に絵の表記が産業規格となり、日本の案が国際機関に提出されました。そして1982年に告示と施行、1987年に国際規格となります。
2つのデパート火災から数えると10年です。国民の生活に密着した設備が、10年で全国いっせいに入れ替わった。しかもその引き金が、218人という犠牲だったことを忘れてはいけません。
そして1982年には、もう一つの出来事が重なります。施行の日を待たずして、東京で大きな火事が起きたのです。
施行の直前、2月8日に起きた火災
1982年2月8日の午前3時すぎ、東京都千代田区永田町のホテルニュージャパンで火事が起きました。告示から3週間ほど後、4月1日の施行の2か月前という時期です。
出火したのは9階の客室で、原因は宿泊客の寝たばことされています。しかしこのホテルには、スプリンクラーが設置されていないなど防火設備の不備がありました。従業員の対応も遅れました。犠牲になった宿泊客は33人、けが人は34人。犠牲者の多くは外国からの宿泊客でした。
国会議事堂のすぐ近くにある有名ホテルでの事故だったこともあり、社会の衝撃は大きなものでした。この火事のあと、消防法の運用はさらに厳しくなっていきます。
先ほど触れた「1年半で7割」という異例の速さも、この空気の中で生まれたものです。しかも建物側には、費用を抑えて入れ替えられる抜け道のような方法がありました。
