昭和の非常口は「漢字3文字」だった、緑の人に置き換わったきっかけは218人の犠牲?

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候補になる年は、4つあります

非常口マークの歴史には、区切りになる年が4つ並んでいます。順番に確認しましょう。

1つ目は1979年。消防庁が全国からデザインを募集した年です。2つ目は1980年。それまでの文字の表記から絵の表記へ、日本の産業規格が切り替わった年とされています。3つ目は1982年。消防庁の告示が出て、実際の施行が始まった年です。4つ目は1987年。日本の案が国際規格に組み込まれた年です。

どの年も非常口マークの歴史では欠かせません。ただ、「日本中の誘導灯が緑の人に置き換わった年」として答えられるのは、このうち1つだけです。

4つを見比べるには、「置き換わった」をどこで区切るかを決める必要があります。

「置き換わった」の区切りをどこに置くか

まず1979年は除けます。この年はアイデアを集めただけで、まだ看板の形も決まっていません。1987年も除けます。これは日本のマークが世界に広がった年で、国内の切り替えはすでに終わっていました。

残るのは1980年と1982年です。1980年は絵の表記が産業規格になった年で、これも大きな節目です。ただ産業規格は、製品の作り方や表示の基準を示すものです。「全国の建物が、いつまでに何を付けなければならないか」を決めるのは消防庁の告示のほうです。

言い換えると、絵が「使えるようになった年」と「使わなければならなくなった年」は別です。日本中の誘導灯がいっせいに入れ替わったのは、後者がきっかけでした。

ということは、答えの年は決まります。しかもその年は、日本の防火の歴史でよく知られた、もう一つの大事故と重なっていました。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。