発売直後に大コケした商品・サービス20選!なぜ受け入れられなかったのか

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任天堂「バーチャルボーイ」

1995年、任天堂は立体映像を楽しめるゲーム機「バーチャルボーイ」を発売しました。日本では7月21日に登場し、赤と黒の立体的な表示が大きな特徴でした。テーブルの上に置き、のぞき込むように遊ぶ独特の姿も話題になりました。1990年代半ばに立体映像を家庭で楽しむという発想は、かなり先進的でした。

しかし販売は長続きせず、日本では1995年中に展開が終了し、北米でも1996年に終了しました。販売台数は約77万台とされ、発売から短期間で姿を消した任天堂製ハードの代表例です。ゲーム機としては立体映像という強い特徴がありましたが、画面が赤一色だったことや、遊ぶ姿勢が限られることなどが利用者の広がりを妨げたと指摘されています。

バーチャルボーイが登場した1995年は、家庭用ゲームの映像表現が大きく変化していた時期です。立体表示は将来性を感じさせる特徴でしたが、遊び方まで大きく変わりました。テレビ画面を家族で見るのではなく、一人で装置をのぞき込むためです。先進的な機能が、そのまま家庭での使いやすさになるとは限りません。

半年ほどで日本市場から姿を消した立体ゲーム機

バーチャルボーイのような商品では、「できること」が先進的でも「毎日使いやすいか」が別の問題になります。立体映像を見るために目を装置へ近づけ、机などに置いた状態で遊ぶ必要がありました。テレビにつないで家族で見るゲーム機とは、楽しみ方そのものが違います。

さらに、Nintendo 64やPlayStationなど家庭用ゲーム機の競争が激しくなっていた時期でした。新しい機能に興味を持ってもらうだけでなく、遊びたいソフトがそろっているかも重要です。バーチャルボーイは22本ほどのソフトしか発売されなかったとされ、ハードを買った後の楽しみを増やす面でも苦戦しました。

販売台数が約77万台だったことも、当時の大手ゲーム機としては小さな数字でした。しかもハードを買っても、遊びたいソフトが少なければ利用は続きません。ゲーム機は「本体の性能」と「その本体で遊べる作品」の両方で選ばれる商品です。バーチャルボーイは新しい映像表現に比べ、後から続く楽しみを作る部分で苦戦しました。次は任天堂のバーチャルボーイです。未来的だった立体映像が、なぜ家庭用ゲーム機として広がりきらなかったのかを見ていきます。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。