大谷翔平、実は”ホームラン王としては近代野球史上初”の記録を打ち立てていた!?

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「デッドボール時代」「ライブボール時代」という区分

野球の歴史を数字で語るとき、「デッドボール時代」と「ライブボール時代」という区分がよく使われます。

デッドボール時代は、主に1900年代から1910年代にかけての、ボールが飛びにくく本塁打が少なかった時期を指します。

その後、ボールの反発力が高まるなどして本塁打が急増した1920年以降が、ライブボール時代と呼ばれています。

この区分を知っておくと、次に紹介する記録の意味がより分かりやすくなります。

実は「本塁打王×大量盗塁」の元祖は100年以上前にいた

本塁打王でありながら大量の盗塁を記録する、という組み合わせ自体は、実は大谷翔平が最初ではありません。

デッドボール時代にさかのぼると、同じような特徴を持つ選手がすでに存在していました。

しかもその選手が記録した盗塁数は、大谷翔平の59個を上回るものでした。

次のページで、その選手の具体的な記録を見ていきます。

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この記事を書いた人

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