日本の不思議な建物が増えた時代とは?
今回紹介した建物には、1960年代から2010年代まで幅広い年代のものがあります。海のギャラリーは1966年、軍艦マンションは1970年、斜めの家は1976年に完成しました。その後も、海のピラミッド、稲盛会館、豊島美術館など、異なる発想の建物が続いています。つまり、奇妙な形の建物は特定の一時代だけの流行ではありません。
戦後の日本では、公共施設や文化施設、企業施設などで、建物そのものを地域の新しい目印にしようとする動きが見られました。特に美術館や博物館では、展示だけでなく建築体験そのものを価値にする設計も増えました。今では写真を通じて建物が広く知られるようになり、「建物を見るために訪れる」という楽しみ方も定着しています。
戦後に建てられた特徴的な建物には、新しい素材や施工技術を試した作品もあります。鉄筋コンクリートや鉄骨を使って、木造住宅では難しい大きな曲面や長い張り出しをつくれるようになったことも背景の一つです。
1960年代の建物と2010年代の建物を比べても、特徴的な外観が生まれる発想は途切れていません。時代が変わっても、土地の象徴を建築で表す方法は残っています。
昔と今では「目立たせ方」も変わった
昔は、街の中で建物を目立たせるには、形の大きさや色、屋上の構造などが重要でした。現在はスマートフォンで写真を撮り、SNSなどで共有されることも多く、正面から見たときの分かりやすさや写真映えも無視できません。ただし、こうした変化がすべての建物の設計理由になっているわけではありません。
たとえば、豊島美術館や海のギャラリーは、写真だけでは伝わりにくい内部の光や空間体験も大切にされています。逆にプリンの森のような建物は、外観だけでもテーマが伝わります。建物の魅力は「写真で一瞬伝わるもの」と「実際に歩いて分かるもの」の両方にあります。
今は完成後の写真がすぐ広がりますが、建物が生まれた当時は雑誌やテレビ、口コミが主な情報源でした。同じ建物でも、当時の人が感じた「珍しさ」と現在の私たちが感じる「写真映え」は少し違っていたかもしれません。
現在は完成後の写真が広まりやすいため、建物の評価が外観中心になりがちです。それでも設計者の資料を読むと、写真では見えない機能や環境への配慮が見つかります。
