物理学者の証言で、判決は「無罪」にひっくり返った
控訴審で意見を求められたのは、東京帝国大学の物理学者、田中舘愛橘(たなかだて・あいきつ)でした。日本の地球物理学の基礎を築いたことでも知られる人物です。
田中舘は、「電気はエーテルの振動現象であり、物質ではない」という趣旨の説明をしたとされています。当時の科学では、電気は”物そのもの”ではなく、ある種の現象だと考えられていたのです。
この証言を受けて、控訴審は一審の判決を覆し、無罪を言い渡しました。電気が物でない以上、それを盗むことはできない、という理屈です。
有罪から一転して無罪。今度は検察側が納得せず、事件はいよいよ、当時の最高裁判所にあたる大審院に持ち込まれることになりました。
Q. 物理学者の意見ひとつで、無罪になってしまったの?
A. 当時の法律には電気についての規定がなかったため、裁判所は「電気が物かどうか」という科学的な問いに向き合わざるを得ませんでした。そこで、専門家である物理学者の意見が重く見られたわけです。
窃盗罪は、もともと財布や着物のような、形のある物を盗むことを想定してつくられた罪です。形のない電気を同じように扱えるかどうかは、法律家にとっても難しい問題でした。
電気が日常生活に入り込んできたことで、それまでの法律では答えの出ない問題が、初めて表面化したといえます。
有罪か、無罪か。電灯会社にとっても、これから電気を使う社会全体にとっても、大審院の判断は大きな意味を持つものでした。そして1903年、ついにその結論が示されます。
