超音速旅客機なら航空の未来が変わるはずでした
次は、米国が開発を進めた超音速旅客機「SST」です。中心となったのがボーイングの2707で、音速の2倍を大きく超える速度で旅客を運ぶ構想でした。1960年代には、米国も英国やフランスに続いて超音速旅客機を実用化しようとしていました。実現すれば、長距離移動の時間を大幅に短くできると期待されていたのです。
ボーイングは1966年に設計案を選ばれ、その機体は当時として非常に先進的でした。翼を動かして、低速時と高速時の両方に対応する仕組みまで検討されました。完成形では全長がサッカー場より長いほどの巨大な機体になる予定だったとされます。ところが、速さを追い求めるほど、騒音、燃料効率、機体重量、開発費といった問題も大きくなっていきました。
音速を超える航空機では、通常の旅客機と違って機体だけでなく、エンジンや材料も特別な性能が求められます。速度が上がれば空気抵抗や発熱への対応も難しくなり、設計の自由度が下がります。
すでに1000億円級の資金が動いたあとで計画は消えました
NASAの資料では、米国のSST計画が打ち切られるまでに10億ドルを超える費用が使われていました。当時の価値で見ても非常に大きな金額です。しかも計画中には26の航空会社から合計112機分の注文が入っており、実現への期待は決して小さくありませんでした。
それでも1971年、米議会が開発予算を終わらせました。ここで大切なのは、単純に「飛行機が造れなかったから失敗した」という話ではないことです。開発上の問題に加えて、燃費への懸念、超音速飛行時に出る衝撃波、環境への不安、そして巨額の開発費が重なりました。NASAも、技術だけでなく経済面や環境面を理由として挙げています。
しかも、注文を受けた数と実際に機体を完成させて運航できる数は別です。航空会社が注文を取り消せば、開発側はさらに回収が難しくなります。商用機は、政府の支援だけでなく民間の継続的な需要も必要でした。
開発途中で計画が終わると、研究した設計や試作部品の価値を回収できない場合があります。旅客機のように一機ごとの価格だけで採算を考える事業では、開発費を回収するために一定数以上の販売が必要です。注文があっても、最終的に量産へ進めなければ投資を取り戻す道は細くなります。
