日本人で初めて「1億円」を超えたのは誰?
日本人で初めて年俸1億円を超えたのは、落合博満さんです。
落合さんはロッテに所属していた1986年に、2年続けて三冠王を取りました。三冠王とは、打率、ホームラン、打点の3つですべて1位になることです。その年のオフに中日へ移り、年俸は1億3000万円になりました。
このとき、中日は落合さん1人を獲得するために、4人の選手を出しています。「1対4の交換」として、当時大きな話題になりました。
同じ1986年のオフには、西武の東尾修投手も1億円を超えています。投手として初めての1億円選手です。
それから約40年がたちました。今では1億円を超える選手はめずらしくありません。日本人トップの年俸は6億円に届いています。
とはいえ、日本の野球界の成長のペースは、海の向こうのアメリカほど速くはありませんでした。この差が、今回のランキングの結果にもはっきり表れています。
では、日本の球界で過去に最も高い年俸を受け取った日本人は誰だったのでしょうか。
日本球界の最高記録は「9億円」
日本の球界で日本人が受け取った年俸の最高額は、田中将大投手の9億円です。
田中投手は2014年から7年間、アメリカのヤンキースでプレーしました。2021年に古巣の楽天に戻ったとき、年俸9億円で契約しています。日本経済新聞によると、翌年も9億円のまま契約を更新し、日本球界最高額を保ちました。
実は、この9億円という額にも、アメリカでの実績が大きく関わっています。ヤンキース時代の田中投手の年俸は、2200万ドルでした。日本に戻るにあたり、そのレベルに近い額が用意されたと考えられます。
つまり、日本球界の最高記録でさえ、海外で活躍した選手が戻ってきたことで生まれた数字なのです。国内で育った選手の年俸だけで、この額に届いた例はまだありません。
野球の話はいったんここまでにします。日本でもう1つ人気のあるプロスポーツといえば、サッカーです。Jリーグで一番稼いでいる選手の額を見ると、野球との差に驚くかもしれません。
