なぜここまで謎が解明されないのか
「円」という単位を定めた新貨条例からすでに150年以上がたっています。それにもかかわらず、なぜ表記の由来がここまで解明されないままなのでしょうか。
財務省の説明によると、「円」という名前が決まった経緯そのものについても、裏付ける資料が残っていないため正確にはわからない、とされています。
名前の由来自体がすでに曖昧なのですから、そこから枝分かれした「YEN」という表記の由来が、さらにはっきりしないのも、ある意味では自然な流れといえるでしょう。
資料が残っていない大きな理由
明治時代の日本は、急速な近代化を進める中で、数多くの制度を短期間で整えていきました。その過程では、詳しい議論の記録を残すことよりも、実務を早く進めることが優先された場面も多かったと考えられます。
さらに、その後の日本は大きな災害や戦争を経験しており、貴重な資料が失われてしまった可能性も指摘されています。実際、日本銀行本店の建物についても、竣工当時の資料が関東大震災で焼失してしまったと伝えられています。
次のページでは、この「資料が失われた」という話とつながる、もうひとつの身近な謎を紹介します。
