⑧アイスマン「エッツィ」は、研究関係者の死亡から呪いと呼ばれた
エッツィは、1991年にアルプスの氷の中から見つかった約5300年前の男性のミイラです。自然の氷によって保存された遺体で、衣服や道具まで残っていたため、先史時代の暮らしを知るうえで非常に重要な発見になりました。現在はイタリアの南チロル考古学博物館で保存・展示されています。
ところが、発見や研究に関わった人物の中に事故や病気で亡くなった人が相次いだことから、1990年代以降「エッツィの呪い」という話が生まれました。たとえば法医学者ライナー・ヘンは自動車事故で亡くなり、登山家クルト・フリッツは雪崩で死亡。発見者ヘルムート・ジモンも2004年に山で亡くなりました。これらの死亡は事実ですが、エッツィが原因だと確認されたわけではありません。
エッツィは普通の墓から掘り出された人工ミイラではありません。氷河の中で自然に保存された遺体だったため、衣服や道具まで一緒に残りました。そこが古代エジプトのミイラとは大きく違います。
5300年前の遺体から、何が分かったのか
エッツィの研究で本当に驚くのは、呪いよりも科学的に分かった情報です。体を詳しく調べることで、年齢はおよそ45歳、身長は約1.6メートルだったと推定され、衣服や武器から当時の生活も読み取られました。肩に矢が刺さった痕などから、死の状況も少しずつ明らかになっています。
研究が進むほど、エッツィは「不気味なミイラ」から「先史時代を直接知るための重要な資料」へ変わっていきました。それでも、関係者の不幸だけを並べると呪いの物語が成立してしまいます。これは、分かりやすい因果関係を人が求めやすいことを示す例ともいえます。次は、発掘日と大戦の開始日があまりにも近かったため、世界史と「呪い」が結びついた墓です。
研究者たちの死亡が話題になった後も、エッツィの研究は継続しています。つまり、呪いが研究を止めたという事実はなく、むしろ調査が進むほど多くの先史時代の情報が得られています。
研究者の死亡を一つずつ見ると、事故や病気など異なる原因です。「関係者だった」という共通点だけを抜き出すことで、ひと続きの呪いに見えてしまったとも考えられます。
