⑯「デリー・パープル・サファイア」は、実はサファイアではない
「デリー・パープル・サファイア」は、英国ロンドンの自然史博物館に収蔵されている紫色の宝石です。名前にはサファイアとありますが、実際にはアメジスト、つまり紫色の水晶です。この石には、1857年のインド大反乱の際に寺院から持ち出されたという由来が語られています。その後の所有者に病気や金銭的な不運が続いたとして、「呪われた石」と呼ばれるようになりました。
特に有名なのが作家で科学者でもあったエドワード・ヘロン=アレンです。彼は1904年、この石を「呪われている」と強く警告する手紙を残し、将来の所有者に海へ投げ捨てるよう勧めました。この手紙自体は実物が残っており、石とともに博物館で保管されています。
名前の誤解もこの宝石の面白いところです。アメジストは水晶の一種で、サファイアとは別の鉱物です。それでも一度定着した呼び名は、長い年月を経てもそのまま残ります。
しかも、この石は「サファイア」という名前だけでなく、由来にも複数の物語が重なっています。1857年という歴史的事件と結びつくことで、単なる宝石の怪談よりも現実の重みを持つ話として伝わりました。
呪いの正体は「信じ込んだ本人」だった可能性も
デリー・パープル・サファイアで注目されるのは、ヘロン=アレン自身が石の呪いをかなり強く信じていたことです。彼は石を友人に渡したり、手放そうとしたりしましたが、友人にも災難が起きたという話を残しています。さらに石を箱に何重にも包み、自分が亡くなってから長い年月が過ぎるまで開けないよう指示しました。
ただし、近年の解説では、ヘロン=アレンが自分の作品の宣伝のために伝説を作った可能性を指摘する見方もあります。つまり「本当に呪われた石」なのか、「呪いという物語が石を有名にした」のかで解釈が分かれるのです。次は、3人の持ち主の自殺と結びつけられた黒いダイヤモンドです。
ヘロン=アレンの手紙には、石に対する強い恐れだけでなく、娘の将来まで心配していたことが書かれています。呪いの物語は、外から作られた噂だけでなく、所有者自身の感情によっても強くなり得ます。
宝石の名前と鉱物の種類が一致しない点は、専門知識がなくても確認できる面白い事実です。怪談の調査では、こうした小さな事実関係から伝説の輪郭を確かめることができます。
