⑰ブラック・オルロフは「自殺が続いたダイヤモンド」とされた
ブラック・オルロフは67.50カラットの黒いダイヤモンドで、「ブラフマーの目」という別名でも知られています。伝説では、19世紀のインドでヒンドゥー教の神ブラフマー像の目として使われていた石が盗まれ、その後に呪いがかかったとされています。しかし、宝石の初期の来歴には確認しづらい部分が多く、ニューヨークの宝石業界誌JCKも、この物語の信頼性には問題があると紹介しています。
有名な呪いの物語では、1932年に宝石商J・W・パリスが石を米国へ持ち込み、その後自殺したとされます。さらにロシアの王女2人も、自殺したと伝えられます。この「3人の死」が物語を強烈なものにしました。一方で、後世に確認できる石の歴史は1950年代の宝石商チャールズ・F・ウィンソンの所有から始まるという説明もあり、初期の伝承とは距離があります。
「ブラック・オルロフ」という名前は、ロシアの王女の名に由来すると説明されることがあります。ただし、その王女たちが実際にこの石を所有していたかという肝心の部分には、確認が難しい点があります。
「呪いを断ち切るためにカットした」という伝説
ブラック・オルロフの話には、さらに「宝石を分割すれば呪いを断てる」という展開があります。伝説では、石は1950年代に3つにカットされ、現在の67.50カラットのブラック・オルロフが作られたとされています。つまり、呪いの物語の中に「呪いを解除する方法」まで組み込まれているわけです。
ただし、宝石をカットして災難が止まったことを証明する資料はありません。また、宝石の歴史が長くなるほど、複数の人物の事故や病気を一つにまとめやすくなります。伝説としては非常に完成度が高い一方、史実としては確認できる部分と語り継がれた部分を分ける必要があります。次は、インターネットの登場によって生まれた「呪いの絵」の代表例です。
宝石の来歴を厳密に追うと、伝説より後の時代から確かな資料が増えてきます。怪談の前半ほど不確かで、後半ほど記録が増えるという構造は、呪われた宝石の話でしばしば見られます。
黒い宝石は色そのものが不吉な印象を与えやすく、「自殺」という話とも強く結びつきました。伝説が広がるとき、物の見た目が物語の印象を後押しすることがあります。
