3人目は「トイレを我慢したから死んだ」と言われた天文学者
16世紀から17世紀にかけて活躍したデンマーク出身の天文学者ティコ・ブラーエは、星の位置を非常に精密に測定したことで知られています。望遠鏡が本格的に使われる前の時代に、大量の観測記録を残した人物です。その死について広まった話は、天文学とはまるで関係がありません。宴席を抜けてトイレに行くのを遠慮したため、膀胱が破裂したというものです。
皇帝の前の席を立つのは失礼だと考え、長時間我慢した結果、膀胱が限界を超えたという筋書きです。さらに、その無理が原因で亡くなったと語られます。とても具体的で、しかも「偉大な天文学者がそんなことで」という意外性があります。しかし、現代の調査では、この説明は支持されていません。ここでは、伝説がどのように生まれたのかを見る必要があります。
この逸話には、宮廷文化らしい要素もあります。皇帝や高位の人物が集まる食事では、席を立つことさえ気を使ったというイメージが作られやすく、そこに「我慢した」という話が結びつきました。さらに、天文学者という知的な人物が生理現象で命を落としたという落差も、物語として強い印象を残します。
400年以上前の死因を、遺骨から調べた
ティコ・ブラーエは1601年10月24日にプラハで亡くなりました。長いあいだ、死因として毒殺説や膀胱破裂説が語られていました。そこで2010年、墓が開かれ、骨や毛などを使った調査が行われました。研究者はとくに、水銀を大量に与えられていたのかどうかを調べました。
結果として、死に至るほどの水銀中毒を示す証拠は確認されませんでした。また、膀胱破裂説も、医学的には起こりにくいとされています。骨には別の病気を示す変化が見つかり、生活習慣なども含めた長期的な健康状態が注目されました。つまり、「宴席で我慢したせいで急に膀胱が破裂した」という話より、長年の健康問題を含めて考えるほうが自然だという見方が強くなっています。
歴史上の人物について、死後何百年もたってから科学的調査ができるのは珍しいことです。もちろん、遺骨から分かるのは体の状態の一部だけで、当日の症状をすべて再現できるわけではありません。それでも、毒物が致死量だったかなど、伝承だけでは答えられない問いに近づけるようになります。
