7人目は「セムラを食べすぎて死んだ王」と言われた
18世紀のスウェーデン王アドルフ・フレドリクは、1771年2月12日に亡くなりました。この人物の名前を聞いて、スウェーデンでお菓子をよく食べる人なら、クリームとアーモンドペーストを使った菓子「セムラ」を連想するかもしれません。実際、「セムラを食べすぎて死んだ王」という話が非常によく知られています。
ただし、この話は少し整理が必要です。スウェーデン王立武具博物館は、当時の医師が死因を脳卒中としたこと、そして同時代の人物が「消化不良」を食事と結びつけて記したことを紹介しています。食卓にはセムラの原型であるヘトヴェッグだけでなく、ザワークラウト、肉、ロブスター、キャビア、アヒル料理、シャンパンなど、多くの料理が並んでいました。
セムラは現在のスウェーデンを代表する菓子の一つですが、18世紀には食べ方や形が今とは違いました。ヘトヴェッグと呼ばれる形で、温かい牛乳と一緒に食べるのが一般的だったとされています。つまり、「現代のセムラを何個も一気に食べた」というイメージだけで当時の食卓を想像すると、少しズレてしまいます。
「14個のセムラ」は本当に食べたのか
現在広く知られているのが、「アドルフ・フレドリクはセムラを14個食べた」という数字です。しかし、当時の記録からその数を直接確認できるわけではありません。しかも、1771年当時のヘトヴェッグは、現在一般的なセムラと見た目や食べ方が完全に同じだったわけではありません。
王の食事に大量の料理が並んでいたことは、当時の記録や現在公開されている資料から確認できます。さらに、王の死後に行われた検査では、胃や腸の状態が詳しく記録されました。だからこそ、「甘いパン14個だけが原因」という単純な話にするより、「重い食事のあとに急激な体調悪化が起きた」という流れで理解したほうが、史料に近いのです。
数字はとても強い情報です。「14個」という具体的な数が入ると、一気に実話らしく感じます。ところが、数字があることと、数字を裏づける同時代資料があることは別問題です。アドルフ・フレドリクの逸話では、この「数字の分かりやすさ」が後世の記憶を強めた可能性を考えておく必要があります。
