10人目は「喉にハエが入って死んだ」と語られた教皇
1159年に亡くなった教皇ハドリアヌス4世は、イングランド出身者として初めて教皇になった人物として知られています。その死について、後世の記録にとても変わった話が残っています。水を飲んだときにハエを飲み込んでしまい、それが喉に引っかかって亡くなったというものです。宗教的な対立と結びついた、まるで寓話のような話です。
一方、別の記録では、ハドリアヌス4世は喉の病気によって亡くなったとされています。つまり、「ハエが原因」という話が最初から唯一の死因だったわけではありません。教皇という非常に影響力のある人物の死であり、当時は政治的な対立もありました。亡くなった理由そのものが、対立する側によって意味づけされた可能性があります。
ハドリアヌス4世は1154年から1159年まで教皇を務めました。イングランド出身者が教皇となった珍しい例でもあります。当時は教皇と世俗の君主との対立が強く、彼の最期も政治と切り離せません。その中で「ハエを飲み込んで死んだ」という小さな事故が語られたため、人物の人生との落差が大きくなりました。
ハエの逸話は「天罰」の物語として広まった
ハエの話が特に興味深いのは、単なる事故としてではなく、神の裁きのように語られていることです。当時の政治的な対立相手に対して、教皇が強い処分を考えていた時期だったため、反対側から「その人物が思いがけない形で死んだ」と解釈する物語が作られたとされています。
しかし、史料を見ると、ハドリアヌス4世が教皇として対立した人物との関係や、死の直前の状況は複雑です。ハエの話だけで人物の最期を説明すると、政治的な背景が消えてしまいます。歴史上の奇妙な死因には、実際の出来事だけでなく、当時の人々がそこに込めた意味まで重なっているのです。
単なる事故なら、ここまで有名にならなかったかもしれません。対立相手から見ると、教皇が重大な処分を考えている最中に、虫が原因で苦しんだという話は、神が裁いたように見せることができます。こうした物語は、敵対する人物を批判する道具としても使われます。死の逸話が政治的な物語に変わる瞬間です。
