偉人の最期がまさかすぎる…歴史上の人物の意外な死因10選

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シャルル8世はなぜ球技を見に行ったのか

シャルル8世が見ていたとされるのは、現在のテニスにつながる「ジュ・ド・ポーム」という球技です。フランスでは中世末から近世にかけて人気があり、王侯貴族も楽しんでいました。宮廷の生活には政治だけでなく、狩猟や宴会、スポーツなどの娯楽もありました。

そのため、王がゲームを見に行くこと自体は特別な行動ではありません。ごく日常的な宮廷の予定の中で事故が起こったことが、かえって印象を強くします。大きな戦争や暗殺ではなく、城内の移動中の出来事が一国の王の最期になったのです。現代の私たちが「まさかそこに危険が」と感じるのと同じように、歴史の世界でも突然の事故は避けにくいものでした。

ジュ・ド・ポームは、現在のテニスに近い歴史を持つ球技です。15世紀末のフランスでは宮廷の娯楽として親しまれていました。つまり、シャルル8世の行動は特別に危険な遊びをしようとしたものではありません。ごく日常的な楽しみを見に行った先で事故に遭ったことが、かえって皮肉な最期を作りました。

「事故死」と「死因の確定」は別の問題

シャルル8世の例を通して考えたいのが、「事故が起きた」と「その事故で亡くなった」を分けることです。頭をぶつけた場面は複数の資料に記録されています。ところが、死亡までの経過には医学的に説明しきれない部分が残ります。現在の研究が行うのは、後から都合のよい説を作ることではなく、当時の記録を現代の知識で再評価する作業です。

これは古い時代の人物ほど重要な考え方です。死亡した人を現代の病名だけで説明することはできませんし、逆に古い記録の表現をそのまま医学用語に置き換えることもできません。史実と医学的推測を分けることで、意外な逸話を面白がりながらも、断定しすぎずに楽しめます。最後に登場する人物は、さらに奇妙な「喉に入ったもの」が死の伝説になりました。

歴史の記録に「事故」が書かれていると、私たちはつい原因まで分かった気になります。しかし、当時の人が見ていたのは一連の出来事だけで、脳の状態や内部の病気を検査できたわけではありません。だから現代の研究では、事故の有無と死の医学的原因を別々に考えます。この考え方は、他の人物にもそのまま当てはまります。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。