偉人の最期がまさかすぎる…歴史上の人物の意外な死因10選

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8人目は「ワイン樽の中で溺死した」と噂された公爵

15世紀のイングランドで、薔薇戦争の当事者となった人物の一人にジョージ・プランタジネット、クラレンス公があります。彼は国王エドワード4世の弟で、王位をめぐる政治に深く関わりました。ところが、その死について後世に広まった話は、政治劇のような内容です。処刑されたあと、マルムジー産の甘口ワインが入った大きな樽に沈められて命を落としたというものです。

この逸話は非常に有名ですが、まず押さえたいのは、公爵が1478年2月に処刑されたことです。問題は「どうやって処刑されたか」です。議会を通じて死刑が決まり、実際に処刑されたことは分かっています。しかし、その具体的な方法については同時代の確かな記録が十分ではありません。ワイン樽の話は、後から広まったうわさとして扱うのが慎重です。

クラレンス公の死をめぐる有名な逸話は、シェイクスピア作品によってさらに知られるようになりました。舞台上では、ワイン樽という目に浮かぶ道具が登場するため、史実と創作を区別しにくくなります。歴史を扱う読み物では、文学作品が後世の人物像に与えた影響も無視できません。

なぜ「ワイン樽」という話が広まったのか

マルムジー酒は、当時の上流階級の宴席で飲まれた高価な酒でした。クラレンス公とワインを結びつける要素があったため、ワイン樽の中で亡くなったという話は、人物像と結びつきやすかったと考えられます。また、劇作家シェイクスピアの『リチャード三世』でも、クラレンスはワイン樽で殺される場面が描かれています。

ただし、文学作品に登場することと、史実で実際に行われたことは別です。クラレンスの死については、複数の後世の記録が同じうわさを伝える一方、重要な同時代史料が方法を記していません。そのため、「処刑された」は事実として、「ワイン樽で溺死」は伝承として分けるのが分かりやすいでしょう。

クラレンス公には酒好きというイメージと結びつく記述もあり、ワインの逸話は人物像に合っていました。また、処刑方法が公的な記録で詳しく説明されていない余白が、うわさの入り込む場所になりました。事実が完全に記録されていないとき、後世の人は「空白」を物語で埋めることがあります。

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この記事を書いた人

「知ってよかった。誰かに話したくなる。」を合言葉に、暮らし・歴史・言葉・お金・身体・食べ物など、身近だけど意外と知らない雑学を日々調査してお届けしているBest For Youの編集チームです。難しいテーマもわかりやすく、読み終わった後につい誰かに話したくなるような記事づくりを心がけています。