もし富士山が今もランキング外だったら
ここで少し想像してみます。もし今も台湾が日本の統治下にあったとしたら、富士山は今でも「日本一」を名乗れないことになります。
富士山は世界文化遺産にも登録され、日本の象徴として広く親しまれています。
ですが「一番高い山」という称号だけを見れば、別の山に譲っていた可能性があるのです。
高さと知名度は必ずしも一致しないという、面白い視点でもあります。
現実には終戦とともにこの状況は変わりました。その経緯を次のページから詳しく見ていきます。
「日本一」の座を巡る意外な逆転劇の始まり
話を整理すると、富士山が「不動の日本一」になったのは、実は太平洋戦争が終わったあとのことだといえます。
それまでの約50年間、日本一の座は台湾にある別の山が占めていました。
この山には、当時「新しく見つかった高い山」という意味を持つ名前がつけられていました。
名前の意味を知ると、この山がどんな存在だったのか、少しずつ見えてきます。
次のページでは、この名前がどんな成り立ちを持っていたのかを掘り下げます。
