「新高山」という名前を最終的に選んだのは明治天皇だった
前半でも触れましたが、この名前が正式に決まる過程には、興味深いエピソードが残されています。
当時、日本陸軍の参謀本部がいくつかの候補名を用意し、天皇の判断を仰いだとされています。
候補の中には「新富山」という案もあったとする記録が残っているとされ、最終的にそこから「新高山」へと変更されたともいわれています。
1897年6月28日に名前が定められ、同年7月6日に正式に告示されたとされています。
ちょっとした言葉選びの違いが、その後半世紀にわたって使われる山の名前を決めたことになります。
名付けにまつわる知られざる裏話
統治が始まった当初、この山は欧米で「モリソン山」という名前で知られていました。
19世紀に台湾近海を航行していた欧米の船に関係する名前だとする説があるとされています。
「新高山」という名前が決まる前は、この「モリソン山」という呼び名も公的な記録に登場していました。
統治する側の名前と、それ以前から使われていた名前が並んで存在していた時期があったということです。
こうした名前の移り変わりの先に、太平洋戦争を象徴するある有名な言葉が生まれます。次のページで紹介します。
