「台湾三高」と呼ばれた山々
前のページで触れた通り、当時の台湾には「新高山」「次高山」に続く3番目の高峰もありました。
この3つをあわせて「台湾三高」と呼ぶ場合があったとされています。
台湾第2位の山は、現在は「雪山」という名前に戻っています。
こうした名前の並びからも、当時の日本が台湾の山々をどう位置づけていたかがうかがえます。
一番高い山には、山を敬う意味を込めた特別な施設もあったといわれています。
山頂に建てられていたという小さな神社
一部の記録によれば、この山の山頂付近には小さな神社が建てられていたとされています。
「新高祠」と呼ばれていたとされ、日本の山岳信仰の考え方が、遠く離れた台湾の高山にも持ち込まれていたことがうかがえます。
富士山にも山頂に神社があることを考えると、共通点を感じる方もいるかもしれません。
当時の人々にとって、この山は単なる地理上の記録以上の、特別な存在だったといえそうです。
では、実際にこの山に登った人たちはどんな思いを抱いていたのでしょうか。次のページで見ていきます。
