富士山が「日本一」でなかったのはいつ頃?
ここで気になるのが「いつの話なのか」という点だと思います。
一般的に、日本統治下の台湾に富士山より高い山があったとされるのは、1895年から1945年までの期間です。
この期間、台湾は日本の統治下にありました。
期間としては、およそ50年間にわたります。
この50年の間、教科書の上での「日本一」の座は富士山ではありませんでした。
その時代、日本の地図はどんな形をしていたか
当時の日本地図を見ると、今とはかなり違う形をしています。
北は樺太(現在のサハリン)の南半分から、南は台湾まで、南北に長く領土が伸びていました。
朝鮮半島全体も日本の統治下にあり、地図上は今よりもずっと広い「日本」が描かれていました。
この広さの中から一番高い山を選ぶと、答えは本州の富士山ではなくなります。
では、山の高さはそもそもどうやって測っていたのでしょうか。次のページで確認していきます。
