Q. 同じように否定されていた挑戦は、他にもあったのか
A. スポーツの世界では、前例のない挑戦が最初は否定されるというケースが少なくありません。
新しい戦術やスタイルが登場した際、経験者ほど慎重、あるいは否定的な反応を示すことは珍しくないとされています。
大谷選手の二刀流は、その中でも特に規模の大きい「常識が覆された事例」として位置づけられそうです。
だからこそ、これほど長く語り継がれるエピソードになったのかもしれません。
数字データ「2025年、投手として本格復帰を果たした大谷選手」
2025年6月16日、大谷選手は2023年の手術以来、実に約1年9ヶ月ぶりとなる投手復帰を果たしました。
復帰戦は1回2安打1失点という内容でしたが、同じ試合で打者としても2安打2打点を記録し、さっそく二刀流を披露しています。
その後は登板イニングを徐々に伸ばし、シーズン終盤には6回を投げ切る試合も出てきました。
「もう投手は難しいのでは」という見方もあった中での、着実な復帰でした。
そしてワールドシリーズ制覇という、さらに大きな結末
2025年、大谷選手は打者として自己最多の55本塁打を放ち、2年連続の50本塁打というドジャース球団新記録も打ち立てました。
ポストシーズンでは、同じ年に「投手として先発した試合」と「打者に専念した試合」の両方を経験する、史上初の選手にもなっています。
そして2025年11月1日、ドジャースはワールドシリーズを制覇し、大谷選手は世界一の舞台でも投打両面での活躍を見せました。
「ふざけるな」と言われた挑戦が、12年後には世界一の胴上げにまでつながっていたことになります。
