「ふざけるな」から「謝罪」へ、この一連の流れが示していたこと
ここまでの内容をあらためて整理すると、結論ははっきりしています。
2013年に野村克也さんが「ふざけるな」と否定した二刀流を、大谷選手は結果で証明し続けました。
そして2016年12月11日、当の本人がテレビの生放送で「取り消し」「すいませんでした」と頭を下げるに至ったのです。
球界の重鎮を公の場で”謝らせた”という点で、この出来事は野球史に残るエピソードの一つと言えそうです。
Q. 大谷選手自身は、この一連の出来事にどう反応していたのか
A. 大谷選手が、過去の批判に対して感情的に反論したという記録は見当たりません。
むしろ一貫して「結果でしか証明できない」という趣旨の姿勢を、当時からインタビューなどで語っていました。
批判を言葉で打ち消すのではなく、プレーそのもので状況を変えていったことが、この結末につながったと言えそうです。
この姿勢は、その後のMLBでのキャリアにも一貫して表れていくことになります。
