ここまでの12項目は、同じ強さで証明されているわけではない
ここまで12の変化を見てきましたが、研究の確かさには差があります。食べる速度と肥満の関連は多くの観察研究で繰り返し報告されています。一方、咀嚼そのものが長期的な体重減少や病気の予防につながるかについては、介入研究がまだ十分ではありません。厚生労働省も、早食いを是正する介入研究は観察研究に比べて質と量が乏しいと説明しています。
血糖、インスリン、胃の動き、食後の熱産生などは、実験室で測れる一方、参加人数が少ない研究もあります。また、ガムを噛む研究と、実際の食事をよく噛む研究では条件が違います。ですから、記事の12項目は「よく噛めば必ず起きる12の効果」ではなく、「咀嚼や食べ方の違いについて報告されている12の変化」と捉えるのが正確です。ここが、広告的な健康情報との大きな違いです。
研究の「関連」と「原因」は区別しましょう。たとえば早食いの人に肥満が多くても、睡眠不足や生活リズムなど別の要因が関わっている可能性があります。観察研究ではこうした要因をすべて取り除くのは難しいからです。逆に、実験室の小規模試験は原因を調べやすい一方、人数や期間が限られます。両方の長所と弱点を見ることが大切です。
満腹感が生まれるまでには、口だけでなく全身が関わる
食事をすると、口の動きだけでなく、胃や腸の状態、血液中の栄養、脳への信号などが変化します。満腹感は、こうした複数の情報を合わせて生まれる感覚です。だからこそ、噛む回数だけで満腹感を決めることはできません。よく噛むことは、その情報が届くまでの時間を確保し、食事をゆっくり進める役割の一つとして考えると理解しやすくなります。
実際、ゆっくり食べる研究では、満腹感や「もっと食べたい」という感覚が変わったものがある一方、食欲に関わるホルモンには差が出なかった研究もあります。人の食欲には個人差が大きいからです。したがって、体感として「ゆっくり食べると満足しやすい」と感じることと、特定のホルモンが必ず上がることは分けて考える必要があります。
満腹感に関わる体の信号は、一つのホルモンだけで決まりません。胃が広がる感覚、腸からの信号、血糖、味や香り、時間の経過などが重なります。だから、同じ量を食べても「もっと食べたい」と感じる日と、すぐ満足する日があります。咀嚼はその一要素です。食欲を説明するときに一つの仕組みだけを当てはめないことが重要です。
