チャレンジャーはなぜ寒い日に打ち上げられた?
1986年1月28日、スペースシャトル・チャレンジャーは打ち上げから73秒後に大事故となり、搭乗していた7人全員が亡くなりました。事故の物理的な原因として大きな役割を果たしたのは、固体ロケットブースターの接合部に使われていたOリングの密封機能でした。低温によって、その働きが十分に発揮されにくくなっていました。
しかし、ここで注目されるのが「寒い日に打ち上げる判断」です。事故調査を行ったロジャース委員会によれば、打ち上げ前には低温がOリングへ与える影響について、製造会社の技術者側から懸念が出ていました。それでも最終的に打ち上げは承認されました。機体の欠陥だけでなく、警告を受け取った後の判断が大きく問われた事故です。
この日の気温は、単に寒かったというだけではありません。これまで十分に経験されていなかった条件で、重要な部品がどのように働くかが問題でした。天候を「延期の理由」にするか「予定を守る条件」にするかで判断は変わります。
前夜の警告はどこから来ていた?
打ち上げ前夜、固体ロケットブースターを製造したモートン・サイオコールの技術者たちは、予想される低温を問題視しました。ロジャース委員会の資料には、温度が華氏53度、約11.7度を下回る場合には打ち上げを避けるという、当初の書面による勧告があったことが記されています。事故当日の予報は、それよりかなり低い気温でした。
さらに重要なのは、企業内で技術者の懸念が一度で消えたわけではないことです。経営側の判断を経て、最終的な会社としての姿勢が変わりました。NASA側の意思決定者は、こうした情報の全体像を十分に把握していませんでした。つまり、判断を誤った背景には、警告が存在しなかったのではなく、警告が意思決定の最上流まで正しく届かなかったことがありました。
技術者が懸念したのは、寒さそのものではなく、Oリングが低温で素早く密封できなくなる可能性でした。つまり、警告は抽象的な不安ではなく、部品の動作に関する具体的な問題でした。
