6件を並べると共通して見えること
ここまでの6件を並べると、事故の分野はまったく違っていても共通点があります。チェルノブイリでは異常な条件で試験を進め、チャレンジャーでは低温への警告があった状態で打ち上げ、テネリフェでは確認が不十分なまま離陸が始まりました。ボパールでは安全設備が十分に働かず、ディープウォーター・ホライズンでは検査結果の異常を見逃し、ハイアットでは設計変更の再確認が不十分でした。
どれも「突然、何もないところから事故が出現した」という話ではありません。事故の手前には、違和感、異常値、警告、変更、時間の制約があります。そして、それらを危険のサインとして扱うか、「今回は大丈夫」と流すかで、その後の選択肢が変わります。事故の大きさと、最初の判断の大きさは比例しないのです。
分野が違っても、「本当は止まれる場所」がいくつか存在していました。安全対策は、事故を完全に予測するためだけでなく、その止まれる場所を増やすためにあります。
「あの一回」が危険だったのではない?
6件を詳しく見ると、もっと大切なのは「一回の判断」だけでなく、その判断が生まれるまでの積み重ねだと分かります。チャレンジャーのOリング問題は事故当日に突然現れたわけではありません。テネリフェの混雑も、ボパールの設備状態も、ディープウォーター・ホライズンの設計上の条件も、事故の前から存在していました。
だから、「あの人が別の選択をしていれば」という見方は、事故の怖さを理解する入口にはなっても、最終的な答えにはなりません。むしろ重要なのは、「なぜ、その人には止まる材料が十分に届かなかったのか」「なぜ、止める仕組みが働かなかったのか」です。事故調査が長い時間をかけて行われるのは、最後の数秒だけでなく、その前の環境まで確認するためです。
最後の判断だけを取り出すと、事故は単純に見えます。しかし前の段階で何度も危険を見逃していれば、最後の人には難しい選択が集中します。そこまで含めて考えることが再発防止につながります。
