日本三景は江戸時代から続く呼び名
日本三景は、宮城県の松島、京都府の天橋立、広島県の宮島を指します。この三つが日本三景として登場するのは、江戸時代初期の儒学者・林春斎が記した『日本国事跡考』です。つまり、少なくとも「三つの景勝地をひとまとめにする」という考え方には、かなり古い文献上の背景があります。現在も三景を紹介する公式団体があり、七月二十一日は「日本三景の日」とされています。
三景には共通して海と松の風景がありますが、見え方は大きく異なります。松島は大小の島が湾内に浮かぶ多島美、天橋立は砂が細長く積もった砂嘴、宮島は海と山、厳島神社の建築が組み合わさった景観です。同じ「美しい海辺」でも、地形の成り立ちが違うため、三か所を続けて見ると日本の海岸景観の幅がよく分かります。
日本三景の三か所は、いずれも国の名勝や文化的景観など、別々の形で価値が認められてきた場所でもあります。古くからの呼び名と現在の文化財制度は別の仕組みですが、結果として同じ景勝地が長く注目されてきた点には共通性があります。
松島・天橋立・宮島は景色の楽しみ方も違う
松島は船から湾を眺める方法がよく知られています。天橋立では、海と松並木が一本の帯のように伸びる姿を高台から見るのが定番です。特に傘松公園などからの「股のぞき」は、天地が逆転したように見える独特の見方として親しまれています。宮島では、海上に立つ大鳥居と社殿の景観が印象的で、潮の満ち引きによって表情が変わります。
ここにも「三大」の面白さがあります。三景は同じ尺度で一位、二位、三位を競っているのではありません。それぞれ別の魅力を持ちながら、長い年月をかけて一つの組み合わせとして定着しています。知名度だけでなく、文学や歴史との結びつきも大きいのが特徴です。次は、人工的に造られた美しさを代表する三名園に進みましょう。
三景には文学との縁もあります。松島は松尾芭蕉の『おくのほそ道』で知られ、天橋立も古くから和歌の題材になってきました。宮島も厳島神社とともに多くの作品に登場します。自然の美しさだけでなく、言葉や信仰によって景色の意味が積み重なってきたのです。
